「新・観光立国論」を読んで

デービッド・アトキンソンさんの新著「新・観光立国論」を読み終えました。

 

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まず最初に感じたのは、「短期移民」というコンセプトが秀逸ということです。「訪日外国人(インバウンド)」ではなく、「短期移民」。移民政策の議論に文脈を合わせることで、経済成長へ話がスムースに展開されています。これは広く世間の関心を集める新しいキーワードになり得ると思います。

次に感じたのは、実に慎重な議論展開である点です。「誤解して欲しくないのは・・・」「・・・だと思われるかもしれませんが・・・」といった言葉が目につきました。これは、デービッドさんの発言への「反論」が強かった(慣性の法則は強く作用している)ことを感じます。

最後に、観光産業というのが限られたパイを奪い合う「競争」であるという点をあらためて感じました。観光スポットやエリア間の取り合いだけではなく、国レベルでの競争です。日本が過去最高の1,341万人の訪日外国人を迎え入れられたのは、もちろん関係各位の必死の努力の賜物ではあるが、全体のパイが広がっている中で、他の国(都市)の数または率と比べて評価されなければならない。比べるのは過去の日本ではなく、「たくさん来てるぜ!爆買い!イエイ!」ではないということです。とはいえ国籍と志向で展開される無数のセグメントすべてに対応することはできないので、「捨てる」発想(本当に呼びたい顧客は誰か?を決める覚悟)が必要だと感じました。

72ページで呈されていた疑問「なぜ日本は、観光業に力を入れてこなかったのか」については、私の考えは、「その必要がないほど豊かな国内市場に恵まれていたから」だと思います。1億を超える人口みんなに日本語が通じる、東京を頂点とする文化的なヒエラルキーが存在する、地産地消のマーケット。「な、わかるやろ?え?わからんの?えーまだまだやなあ」で通じるあうんの世界。そんな市場でメディアを通じて発信される情報は、当たり前ですが消費者である日本人を喜ばせる(あるいは刺激する)ために発信されるので、自画自賛系の情報に偏るのも当然であり、文化を輸出する必要があった韓国と違う点は、そこだと思います(結果、インバウンド観光の実績においては大きな差がついた)。ニーズとシーズのギャップは、ここ(ニーズを見つめ直す必要に駆られないこと)を起点に産まれていると思います。

この本を読む前に期待していたのは、インバウンド銘柄として現在注目されているインフラ的な業種(アゴ=飲食、アシ=交通、マクラ=宿泊)の、その「次」に来る業種や産業が何かということです。示されていたのは、高級ホテル/サービスに「差」をつける/複合リゾートの拡充/多様なサービスを提供する/文化財を活用する/サービスの満足度を高めてを有料化/統合リゾートを検討する、といったものですが、他にも見つけたいと思います。またそのヒントは、①インバウンド先進エリアのここ京都と、②ポテンシャルに溢れる地方、その2箇所にあると信じています。そして、その事業は、団体客をさばくことで成長してきた既存の業界や有力者からではなく、旧来のしがらみにとらわれない勢力から産み出されるものであり、弊社も「観光アクティビティ業者」を出発点にして、たとえ資本があってもやれない方法で事業化したいと強く思います。

もうひとつ。272で呈されていた「日本人自身、どれほど日本の文化財の魅力がわかっているのか」という疑問。私は今年42歳になりますが、この歳になるまで、恥ずかしながら日本の文化についてほとんど無知の状態でした(それがこの事業をやるきっかけにもなっています)。これについても、自国の文化を海外に発信していく過程で、必ず「論理」を求められるステップが訪れると思います。その時に、事実に基づいて再評価する機運がきっと産まれると思います。そしてそれが国内だけでなく、海外で戦う日本人に波及すればいいなあと思います。

たいへん面白く、現実的で、希望にあふれた本でした。執筆におかれてはご苦労も多かったと思いますが、いただいたヒントを活かして、日本の観光立国化に微力ながら貢献したいという気持ちを新たにしました。デービッドさん、素晴らしい本をありがとうございます。